知っ得コラム
2019.3.6一心三観
未来の出来事は、想像できても実体の無いもので、物質的にも精神的にもあらわすことのできない事柄だと言えます。例えば、都市計画の図面で将来の街はこのようなスタイルになると説明できても今の時点では想像図であり、想像する都市が実在するわけではないのです。つまり、未来はあるが今という時点の未来は何もないということであり、仏教ではそのことを「空」と説きます。
過去の出来事は、実際にあった物事であり、物質的にも精神的にも実在した事柄だと言えます。例えば、王選手が現役時代にホームランを打ったということを今の時点であらわすことはできませんが、ホームランを打ったことは本当であり王選手が実在したことは明らかだとわかります。つまり、過去の事象は今という時点では存在しないので空と言えるが実際にあった事柄なので、仏教では過去は空であるけれども空でないと説くのです。その悟りのことを「仮」(け)といいます。
現在の出来事は、実在そのものであり過去でなく未来でもない今という時間にあるものです。例えば、今あなたが食事をしている、仕事をしている、映画を見ている、スポーツをしている、新聞を読んでいる、この文章を読んでいる、という事実は現存しているわけで実在そのものとわかります。つまり、現在は過去になく未来にもないので空でなく、空でないというわけでもないので、仏教ではそのことを「中」(ちゅう)と言います。
この空(未来)、仮(過去)、中(現在)のことを三諦(さんたい)といいます。
さらに現在(中)は、未来(空)に起こる縁となり、今やっていることは次々に過去(仮)になってゆくわけですから、今(中)という時間から未来(空)、過去(仮)が創造されていることがわかります。そして、各々の心の中に三諦(空、仮、中)(未来、過去、現在)が存在し実在しているのです。ゆえにあなたの一心に三諦(空、仮、中)は円融であり、あなたの一心に三諦(空、仮、中)を観ることができるということなのです。
未来を望み、過去に悔いず、現在を楽しむのはあなたの一心しだいなのです。あなたの一心が現在、過去、未来を創造すると仏教では説くのです。ゆえに、仏道修行はその一心を磨くことを目的としており、磨くことで現在を充実させ、充実させることで過去は良き思い出となり、充実させることで未来が切り開かれるというあなたの人生観をすばらしいものに発展させようとするものなのです。
ありがたい。すばらしい。^^ちょっと難しい^^;